きみがのばしてくれた手があればそれでそれだけがすべてですべてにことたりたのだったけれど、けれどもけれども貪欲なんだ。









きみのためにできること












窓の向こうからやってくる軽やかさによってさらさらとうっすらとしたカーテンが遊ばれている。 温かな午後だ。平和で空なんか真っ青に輝いている。本当になんの悪い予感もさせないふわりとした 日向がここにはあってツナはパリ、と袋を開けて菓子パンを取り出していた。これがツナの本日のお昼ごはん。 ああ、平和だなぁ…。

「闇の色が漆黒だなんて誰が決めたのだろうね」

ぱく、と食んだパンを思わず即座にぶっと吐き出すところだった、……そうはならなかったのはひとえに彼の 突拍子もない言動に慣れきった心と反応の鈍い体のお蔭だろう、なんか切ない。 綱吉はパンに齧りついたままほんの少し遠い目をしながら、のろりと、もそもそ口を動かしパンをやっつけ始めた。 此処は応接室なのです、そして主は彼です。暴君ですから。ツッコミはしちゃいけない。(それに) やはりヒバリさんはおかしい。そんな彼の言動にいちいち気を留めてたら悩んでたら停止していたらきっと、 昼休みなんかいくつあっても足りやしない。
そもそも闇の色なんて黒色でしかないというのに何が気に食わないのか彼は。 光じゃないのが闇なんだから、光がなかったら真っ黒になるし。 …ごく、と最後のひと齧りを飲み込んで、綱吉はさっきからつきたくして仕方なかった溜息をようやく長々と吐いた。 ごちそうさま。その言葉と一緒にこの話も終ればいいのに、昼休みももう終る。 応接室のやわらかなソファに座って居るのも、 なんだかそわそわ落ち着かなくって息も苦しくなってきたから。おれ、そろそろ…、そう退室の旨を言いかけて綱吉は はたりと気付いた。そういえば、ヒバリさんはお昼御飯は食べないのだろうか、 おそるおそる自分の後ろで執務机で何かサインしてるらしいヒバリを綱吉は振り返っていた。
(キシリ…、何かが憐れむ奏でる音色、不思議な既視感だ、それにそっと目を瞑って)

「絶望の時、ひとは目の前が真っ暗になるというけど、それは闇の色なのかな綱吉?」

(まるで暗がり、彼は独裁者のように手を組みあざやかに)
ねえ?クスクスと微笑み目を細めた彼の背後では真っ青な空が明るく凍えた色で広がっていた。(カーテンがはらりと散る。)
甘い声。
綱吉、ともう一度よぶ。あまりにも無邪気な声過ぎて悪意が滴っているよう。 …ああ、彼は知ってしまったのか。だから何にもかなしいことはなかったんだ。 けれどもひどい不幸を背負ってしまったと泣きたくなった今更に。

「………何色になったんですか、ヒバリさんは?」

そらはあおい。まっしろな鳥が横切った。(いや、ちがうなあ、あれは)
おれたちは。…きっと、今とても大事な場面にいるのだろうと綱吉は苦くわらった。 目の前のヒバリは滑らかな磁器で出来た美しい人形みたい。本当に息をしているのと聞いてみたくなる。 逆光の中であっても肌はなんて清く白いの。 ああ、おかしくなる、涙が盛り上がる、……否、其れは願望だ、綱吉は正気で冷淡な呼吸をして平静の中に佇んでいる。

(俺は何処まで歩いていったんだろう……)

ニコリと微笑みながら黒真珠のような瞳が固く何もかもを拒絶していた。 しかし同時に激しく飢えた瞳でもあり其れが綱吉の心の中をぐちゃりと抉った。ヒバリさん。 言葉はどれだけの重さで響くだろうか。震えなかった唇。この時を何度だって繰り返していたという錯覚は いつだって覚悟がついていたからかもしれない。 きっと何度だってこの時を思い返すだろう。(繰り返すだろう。) 捨てることも置き去りすることも出来ずにぎゅっと閉じ込めながら、時折こっそり取り出しては眺めてしまうような…、 そんな、墓まで持っていくような巨大な秘密をふたりで作ろうとしているのだから……。

「残酷だよね綱吉はいつだって、…そう、そんな君を僕は許してしまっているんだ」

きめたんだ。ヒバリは甘く目を細めながらわらった。美しきナイフの煌きの鋭い双眸。
ふわりと口許がつめたく綻んだ。

「……心をね、許してしまっているんだよ?」

君は決して僕のものにはならない。炎の目。ガン!と激しく打ち鳴らされた。ぶわりと広がり、目の前をバラバラと紙吹雪が舞う。 ギシ、と。ひしゃげた机の真ん中からヒバリはめり込ませたトンファーを持ち上げた。 応接室の床には真っ白な書類が振り撒かれてヒバリはそれを躊躇いなく踏み躙りながら綱吉の傍まで ゆっくりと近付く。…ああ、泣けたなら。だが、そうはもう出来ない、もう、もう、…どうしたって距離はながく。 綱吉はふわりと微笑みながらソファから立ち上がりヒバリが顎に手をかけるのを優しく甘受した。

「君は闇に染まる覚悟みたいだね?でも、僕にとっては君がいる場所が光だよ。そして、絶望さえきんいろだったんだ…」

稚拙な色だね。ヒバリは苦く微笑んだ。君はもう僕のものじゃあないんだ。やさしく言葉はこぼれ落ちた。 彼の指先がするりと頬を辿り、綱吉の耳の後ろを撫でて後ろ頭へとまわった。

「今だけ後悔をいえばいいよ。僕は君を責めてはいるけれども許しているんだ。君の言葉を忘れない。 今だけが永遠だ。誠実はここに捨てていけばいい。僕が一生隠し持ってあげるから」

ぐっと引き寄せられて綱吉の頭はヒバリの胸の中に埋まった。くるしいなぁ…。そう冗談っぽく言ったら 涙が零れてくれた。 いいや、このひとのこのひとの、こういう形の情けがどうしようもなく切なくて寂しくて(嬉しい)でもとても怖かったからだろう。 ヒバリさん。おれは。綱吉はぐっと嗚咽を喉元でおさえた。震えた肩でそれが知れたのかヒバリは殊更深くに 綱吉を懐へと抱き込んだ。いいよ、いいんだ綱吉。悪魔みたいに甘い声が綱吉の心を誘う。舌先は痺れる。
あくまみたい。このひとこそが、やみよりも、…ああ。


「ヒバリさんが好きです」
(だめにするのです。)
「うん、僕もだ」


ヒバリさん。彼はやさしく相槌を返す。幼子をあやすように綱吉を宥め慰めやさしかった。ああ、やみだ…。 どうせなら、このまま病んでいたい。けれども闇の中に埋まらなければ為らない。 もう自分は自分じゃなく自分でいられなくて目覚めた血統が暴れ出す前に逃げないといけないんだ。 此れが正しい道だといわれた。正しいことは冷たいなあ、綱吉は呆然と思った。

「おれはもう逃げられないんだ…」
「そうだね綱吉、かわいそうな子だね」
「ヒバリさんが好きです、」
「うん、僕もだ」
「本当に、好きだから、おれは……!」
「いいよ。約束してあげるから綱吉」

最期に。ふたりの声がきれいにぴったりと重なった。
唇は塞がれた、やさしい、やさしい、悲劇のように。彼の舌の上に言葉が転がり飲み込まれた。誠実はどこに。 胃袋の中に。消化されないで。


(闇は夕闇。あまい宵闇。黒く輝き白く弾けるような恐ろしさを纏えぬ、真紅の乳では育てられなかった幼子の健全な姿。)



「……おれにとっても、闇は黒くありませんよもう、だってヒバリさんが居てくれるから」

闇より病んだ色の獣。それがこの人、ヒバリさん。さあ、この人以外の何が黒く輝けるというのか。 ヒバリはつまらなそうに、そう、それだけの感想をポツリと呟き、そして。
つらいね。ぱさりと突然綱吉の肩にヒバリの頭が落ちた。 ぱくり、首筋を食まれる。ヒバリは昼食をとっていなかった、それを綱吉はうっすらと思い出した。 ヒバリさん、あのね。綱吉は困ったように彼の背中に手をまわしたら、そっと食まれたそこを舐められ。

「僕にとっては据え膳な状況なんだけど我慢しておくよ、君が好きだから君の為に」

ねえボンゴレ十代目さん?皮肉ぬられた口調で哂い含みながら囁きヒバリは綱吉の首筋を上へと舌を這わせて 腕はするりと綱吉の腰へと、その先へと。(僕は雲のリング持ってるって知ってたかい?耳元注がれるは蜜色の。)








「……君の遺体は誰にも見せない、だって、それだけが僕の物に出来るすべてなんだから」







だれにもみせない。『裏切り者』は唇をゆっくりと離しながらやさしく呟いた。
だれにもみせないから安心して。 コツリと額を触れ合わせる。綱吉はまた泣きたくなった、けれども強くわらって、あざわらって、 みじめだなあと微笑んだ。ヒバリさん、あなたもねと。
(手をのばして触れ合う、確かに傍にいるんだ、いるんだけれども、……ああ、貪欲で盲目になっていたくて)


手に入らないものなど何もないと言えない世の中とはなんてつまらないのでしょう。


「行こうかボンゴレ十代目。僕は貴方の為にどんな血でも被って差し上げましょう…いつかの最果ての日までは」








(終)











 アトガキ
2006/04/09