なにもいりませんなにもいりません、なにもいりませんからだからどうかどうかどうか……
夢をみた。ぱかりと、目を開けた瞬間にそんな言葉がぽつんと唇から零れ落ちそうだったけれども、 なんのゆめでしたでしょうかと首をひねってしまったからそんな言葉も夢の残り滓と一緒に彼方の 『忘却』ゴミ箱へと放られた。 なんのゆめだった? 体がまだのろのろふらふらする。 まだ眠る?……もう一度? 彼は白い瞼をぱったりと閉じた。骸は寝たり無かった。だから眠る。 うつくしい夢など見たことも無い。けれどもその夢が心の何処かをぼんやりとノックしてきた。 それは美しい夢だった、そんな確証にはならないが、…ああ、きっと。 (惜しい夢かもしれない) 骸が惜しいと思う夢ならば、この世でとびきり美しくて清楚な穢れない『彼』が出てきたのだろう。 うつくしい。彼が其処にいるというのなら、夢までも美しい…、まるで臓物の生々しい可愛いらしいピンクで 赤く濡れた感じの色っぽさ。 骸は綱吉のことならもう何だって知っている。彼の冷徹な顔の裏側でどれだけの涙の海が潜みなみなみ 揺れているのかとか、他人の額を躊躇い無く鉛でもって穴一個開けてしまったらその後にひどい嫌悪感まみれになるとか、 弱いひとの子らしい感情をぼとぼと振り落としながらもでもせっせと慌てて泣きながら拾い上げて 大事に積み上げて押し込んでいく、誰にも見られないように押し隠すこととか。彼は惨めな人間だ。 ひどく不器用でうすっぺらい精神をザリザリ削られ穴だらけにしている。そしてその穴を 埋めているのが彼に寄せられる情で信頼なのである。いつの日にか彼は自分のことを 自分を愛するひとたちの物だといった。晴れやかな笑みはひどい哀しさにまみれたものであったが決して 無茶な笑みでも自棄になったわけでも、…でも、本当にそれが彼をつないでいるのだろうと思わせる迫力があったわけで。 本当に彼にとっては其れが泣きそうな程に切ないまでに幸運なことだっただろう。彼を支える。 彼は支えられる。彼はニコリと笑って啼いた。高貴な奴隷みたいだなあと骸は思った。見上げた空は恐ろしいほどに 知らん顔な真っ青さ。今、この瞬間、彼がどのような形の心でもってどんな迷宮の果てにおいて、 ……骸に手を伸ばし縋ったなどとはきっと解らぬだろう。 呆然と見上げた空はどこまでも果てが無く、壁があって曲り道のある出口があった迷路の方が どれだけ楽な代物なのだろうかなんて。 す、とクセのある髪の中に手を潜り込ませ彼の後ろ頭を抱えた。 『僕が貴方を憎んであげます、貴方の死を願ってあげますね』 吹き抜ける風がさらりと骸のうなじにかかった後ろ髪を舞い上げた。 我ながら平淡な声だ、しかし骸はその調子のままにすらすらと言葉を連ねた、なんの感情もなく。 五線譜で真横に並んだ音符を読むように一定の音程と温度で。 貴方を憎んで憎んで、貴方よりも貴方を軽蔑してあげますよと。 憎いのは此の世界であり彼以外の人間だったが、けれどもそれを言わねば為らずそうしなければ 彼はひとときだって生きていけやしない。彼には敵が必要だ。彼の悪を肯定する味方が必要なのだ。 (金の斧、銀の斧…) 骸は目を閉じて呪文を唱える。正直に答えればいいことなど何もない。 錆びた鉄の斧を落としたと真実を言って貰えるものなどいらない、いらないのだから。 真実などいっそ水底に沈んだままでいい。 愛してるといったら彼は今度こそ死んでしまうのです。 「僕は、……ああ、貴方の夢を見たのですね」 もう一度目を開けば目の前には目を閉じた綱吉がいた。骸はゆるりと微笑み、夢のことを思い出す。 きんのおの、ぎんのおの。ちいさくささやいた。あなたがさびたてつのおの。水底ですねここ。 僕も水底にいますよと微笑み彼の額にかかった前髪を愛しく梳いた。 「貴方が生きていた夢を見ました、貴方が死にたい程生きていたかった世界を夢見ましたよ」 『 ここは水底。真実は我らの中にだけ永遠に沈む。 』 骸は眠る綱吉の躯を抱き締めもう一度眠りについた。 (終) アトガキ 豚の臓物ならば素手でいじくった覚えがあります…。(田舎ですから)←養豚場のひとが 学校のお勉強の為に提供してくれたんだよ☆ 2006/05/14 |