なにもみなくてもいいよって彼はいってくれた。









うちおとしたひ










綱吉。
彼はツナとは呼ばない。時折フルネームで沢田綱吉とも呼んで自分の名前の在り処をきちんとした方法で教えてくれる。 今は遠い国。故郷とは呼んではいけない場所だから彼にそう呼ばれるのを何処か苦しいとか思う。
獰猛さがシンと沈んだ瞳は暗い淵のよう。
白い紙と墨。綺麗に塗られた墨。人の形をしていても心は人とは遠いひと。……それでもにんげん。
白い手。白い指。長く細くしなやかにごつごつと。頬を滑るとその冷たさが涙のようにしみる。
涙。
口にその味はよく馴染んだ。よく泣いたよ。涙の味。今はカラリと。頬を滑りそうになればこの手が塞ぐ。

「……君は僕だけを見てくれたらいいよ。其れが一番君とって楽なことでもないだろうけど」

すきだよ綱吉。
血に濡れた黒豹が唸った。

「すき」

今はもう何もみたくなかった。それを知っていた彼が甘やかす残酷な罠で。 弱さを嫌うくせにそれよりも強い感情が支配しているのだろうか、ああ、この肌を長い指が辿っていく。 ひとつひとつ、執着を刻むように赤く濡らしていく。すきだよ、すきだよ。 何処がすきなんだよあんたはって叫びだしたい………。

「君もこれで立派に人殺しだよ綱吉」

銃は手放せないねぇ…とうっそりと耳元へ囁く蜜色の闇。カサリと衣擦れの音。 すきだよ。彼はなおも呟く。呪文。呪うような愛。すき。とても純粋な言葉。
すき。

「だからもう僕しか見なくていいからね人間が大好きな綱吉」

すきだよ。何度もなんどもそそがれる。すきだよすきだよ。そんな言葉ばかりが雪のようにはらはら降り積もる。 固く握った手をそっと舐めて愛しく微笑む姿。そのおぞましさは醜いものであれと願う…。








(終)











 アトガキ
ヒバツナを時折『ツバヒナ』とかいっちゃいます。(きっとうちの作品もそんなカンジ)
2005/10/2