ぼくたちは楽園にいました。










模 造 樂 国












その名には所謂『大きな飾り』というものが全くついていなかったのだ。そう、本当にただの 変哲ない、凡百の民が持つに相応しい名前。美しい文字一つさえない。 何処にでも多く転がっているだろう一般的な気安い名前なのだ。 きっと雲雀が嬉々として腰を据えて住む世界を覗き込むことも踏み入ることさえ 出来はしない無力な一般人が持つべきとても相応しい形をしている。……だというのに。 彼はそういう者達が持つ特有の顔だちさえもしているというのに。何故だろう。騙された気分だ。

「沢田、…綱吉ねぇ…?」

名前が少し大仰だとは思ったが、しかし其れよりもしつこいまでに凝った名前など多く生産されていっている 世の中だ。特別なことでもないだろう。確かに目を引く名だが其れも一時の興味というもので心を圧す力など欠片としてない。 その名は今では天にも等しい尊き身位の者が持つべきというものではなく、ただの物珍しい名前にしか過ぎないのだから。 それに真に特別なのは、きっと恐れ多いと言われる名は現代において『雲雀』の方が格段に上だろう。雲雀の名は日々恐怖を産み続けている。 ある種のブランド。そう、ブランドみたいなものへと為っている。其れなのに。
平伏すのか。
雲雀の嫡子がこの少年に。

「……噛殺せるくらいなのにね、綱吉は」

綱吉。もう一度舌で名を転がすようにゆっくり紡いでみると心が妙な軋みをあげた。綱吉は。 雲雀は机の上に無造作に書類を放ると深くイスに躯を沈ませた。目を閉じれば先程の紙面についた 写真よりも幼く無防備な顔が目裏に甦った。彼は弱かった。綱吉は少しだけ不思議だ。 彼は幼い自分の頭を撫でたことのある稀なる人間で…。 きっと幼なじみというものなのかもしれない……。高校でまた変な輩に絡まれてないかと思っていたが、そうか。

「君は血統からして厄介なものを引き付ける性分だったのかい……」

色素の薄い躯は西欧の血ゆえか。…だが納得は出来なかった。沢田綱吉は純日本人にしか見えないのだから。











「リボーンが君を連れて来た時、本当に驚いたよ」
「僕も驚いたよ。君まったく変わってないじゃないか」

幼なじみだったが、年齢の違いが距離となりやがては共にいることがパタリと止んでいた。 別にそれを苦に思うことは互いにはなかった。だが一抹の寂しさは密かにあったのだ。……なお、綱吉には雲雀の残虐な噂ばかりを 聞いてかなりドバリと不安もあったのだが。まあ、……なんというか。物騒さは彼の看板だろう。(これ以上近付くな危険って)

「それで早速言っておくけど。僕は引受けたよ」
「あ。やっぱりか…」

ふっと陽炎のような優しい笑みを口許にのせて綱吉は、君らしいね、殊更ゆっくりと紡いだ。反対したかったのだろうと 雲雀は気付いていたが、彼は高貴な奴隷だ。あの男に逆らえる術は一個として持たない綱吉を哀しいとは思わなかった。 ただ傍に居れるなら。生きる道を違えていたと思っていた彼。傍にいるから。綱吉。名を呼ぶとニコリと微笑んだ。

「僕は借りを返す性質なんだから諦めた方がいいだろう」
「………君は、元々こっちのひとだったね」
「諦めなよ」
「そういえば、昔はよく君に助けられてたね俺は」
「君は誰かに守られなければ生きていけない世界に行くのだろう?」

唐突に。綱吉は乱暴に襟元を掴まれハッとしたがそれも一瞬だけ。間近にせまった漆黒の双眸。何処か怒りの色と愉悦の色が どろりと混ざりあった、しかしそうであっても硬質な輝きでもってまっすぐに綱吉の琥珀の瞳を射抜いた。 沢田綱吉。甘く名前が紡がれ、綱吉の脳髄はビシリと鞭打たれたかのように直感が痛々しく響いた。雲雀は間違いなく愉快を感じている。 ゾクゾクと享楽に目を見開かせ、その目でもって綱吉を見つめているのだ。其れを、綱吉は背筋の凍る思いで 苦く包み込むように見据えた。…出会った時から、そうなのだ。この幼い魂は。

「恭弥」

ただひとりだけ、綱吉だけが呼んでも良い名が紡がれて雲雀はうっそりと微笑んだ。ニイと形良い唇は横に引き伸ばされ 益々双眸は黒くつやつやと輝き出す。諦めたの?無邪気な声が綱吉の脳裏に放り込まれる。君は君の道をまっすぐに 歩けばいいよ。優しい声で囁く。雲雀の顔はもう鼻先さえ触れ合える距離にあった。口吻けさえ容易い。 しかし綱吉はするりと目を閉じコツリと額を静かに触れ合わせた。目頭の熱さが伝わるように少しだけ祈りながら。

「………君は、光を知らない」
「綱吉がいればいいよ」

なにをいってるの?雲雀はきょとんとした小鳥のような目をほんの少しばかり閃かせ、だがふっと微笑むように目を閉じた。 綱吉。甘く冷たく微笑むと、すっと両手をその華奢な背中へ回し彼の震えそうな唇に己の笑んだ唇をやさしく触れ合わせた。


「ねえ、綱吉?君の中に潜む血が再び僕らを結んだけれど、」
「…、ッ」
「でも僕が君を愛すのも君が僕を愛すのも其れは実に僕らの勝手なんだよ」


ねえ、綱吉?そう嬉しそうに嗤うように雲雀の赤い舌が綱吉の唇を割った。






(終)











 アトガキ
年の差なんてわかんねーよ!!あははは!!!(……)
2006/1/16