「お前を忘れた俺に一欠片も価値なんかないから…、そのときは、お前の好きにしてくれていいよ」





さらさらと穏やかに流れていた淡い色の髪が突如バサリと散らばり彼の顔を覆った。白い着物が夕陽に濡れる。
…ひどく、儚げな口許がぼんやりと浮かび上がる。けれどもつよい願いを秘めて微笑む、ひどく、わすれがたい…、 今すぐにでも縋りつきたい表情であった。
さらされたしろい首筋と垣間見た潔い横顔。
骸は強風に長い黒髪をばらばらに弄ばれながら必死に彼に 言葉を投げていた、しかし、実際はなんの声も出せてはおらず、ただただ、彼を想ってないていた。
まっしろな髪が彼の瞳を覆う、逆光の中で赤くあかく濡れて光る彼は。ただひとつの。骸は、それでも。 そうであっても…。どんな願いが今紡がれているのだとしても。
彼を呼んでいた、彼の名をさけんでいた…、とどかないとどかない、なんてあなたは遠いのだ。ひどい、どうして。 遠くへ行こうとするのだ、しかもたったひとりで、それも己を置いていき、平気で。平然と。



「……いっそ、憎めばいい」


ふわりと、つめたく口許が。 あまく、蕩けるような音色でもって紡がれた。夕陽は蜜のような金色に染まっている。
なんの悪意もない。
ただ慈愛だけが溢れたからっぽの眼差しがまっすぐ骸だけをうつす。 くすくすと甘くゆったりと微笑む彼は。 骸の姿を遥かに飛び越えて何かを夢想しているというのに。
ひどい話だ。
金色に輝くやさしげな彼。夕陽は赤くうつくしく燃えていた。 まるで暁のように。本当に太陽は堕ちていく時間なのか。太陽は逆さまに昇っているのか。 骸は眉を顰め、これ以上ないほどに苦悶にまみれた顔で彼を見つめた。

憎めるのなら、今こそに。
血を吐く想いで激しく願った。
愛しています。
涙が滲みそうになる。
実際もうすでに泣いていた。
悔しくて仕方が無い。
恐ろしくて仕様が無い。

骸はガタガタと震えた肩をよわよわしく己の腕でぎゅっと抱き締めた。
この男はいつだって骸を支配している。ころしたくない。そうは想っても願っても…。いちどとして!





「あいしてるよ、骸」






いつだって愛の告白は断罪のように響いた。のろいのように。慈愛の眼差しがいつだって胸を刺し貫くから。













『わすれないで、ぼくを……』










【 01. 陽だまりの中で笑った君を、僕は今でも鮮明に覚えている 】
                                        title by 【 capriccio 】










【Asphodel(アスフォデル)】