絶望は何処にあるかと問われれば君は其れは忘却の王国にと答えるだろう。
いつだって君は平然と嘘を吐いて笑い、人知れず俯くのだ。嘘吐きだね。ひどい嘘吐きだ。
君は厳しいことを言われて泣きそうになって正しいことのようにやさしいことを行うひと。
正義ではない。悪でもない。ただ君は…、ただ、君は……。


『ヒバリさん、俺はいつだって――― 』

かなしいね、とおもった。雲雀は知っている。綱吉がいつものあたたかい笑顔にほんの少しの 寂しさを織り交ぜながらも、それでも、それでもそれでも毅然と。
(いつだって。)




「………君は間違わないんだよ」









それこそがかなしいことだと雲雀はひっそりと想う。

























ザッと肌の表面がビリビリと震えた。突風は砂を混じらせて時折鋭い痛みを味あわせる。 だが、それでもいい。そんなことが如何いった意味を持つというのだろうか。現実だから。 だから痛いというのなら、…きっと愚かなことだろう。雲雀の脳内は真っ赤な狂おしい憎悪に燃えていた。 この憎悪より危険な痛みがあるものか。ギンと瞳を鋭くさせるとまたぶわりとトンファーを振りかぶった。 ひどく鈍重な構えだったが、そのひとつの動作で空気が割れるような威圧感が漂った。 風は相変わらず強く吹く。ピシリと砂利が通り過ぎ雲雀の頬を微かに傷つけた。

「………許さないよ」

ぐつりと腹の底から冷えるような声。揺らぎなく真っ直ぐに重く響いた。許さない、許さない、許さない…。 地獄の鎌を振り上げる死神よりも暗澹とした声はずっと響いていた。だが、許さないと。決して、許さないと。 許すものかと風の中を進む度に其れは獣の咆哮へと変じたのだ。許さない。許さない。 ただそれだけしか言葉を知らないように雲雀は目を見開き目の前の男へとうとうと憎悪を紡ぎ、男が、 侮蔑の笑みを濃くしたことでぶっつりと限界がきたのだ。理性は噛み千切られ堰は切れる、ごうごうと殺意は迸った。


「お前を許すものか…!!!六道骸!!!!」

真っ赤な闇色の瞳を限界まで見開かせ全身で雲雀は咆哮した。 暴風はその瞬間彼を中心に逆巻きこの地上の全てが彼に頭を垂れた幻想を抱かせた。 強く輝く殺意。真っ赤に燃える憎悪。漆黒の獣。牙は美しく禍々しく銀色に光り、地上の全てを薙ぎ倒す勇ましさに溢れる。凶悪な命。魂。破壊を望む王者の瞳。狂信。今や雲雀を取り巻く全ては醜く美しく恐怖に満ちている。 風はひきつれた悲鳴のように激しく吹き荒れた。


「……許す?君はいつだって僕を許さないじゃあないですか」

シンと。消極を極めた湖面のような声の骸。涼やかな口許でゆうらりと微笑み、 風にその絹糸のような髪を遊ばせ優雅に佇んだ。聖人の如き花の笑み。 だが瞳には心底からの侮蔑の色が濃く塗られ、清廉な色であった青の至玉は真っ黒に…、 いっそこれこそ純粋な色であるといえる程に底が見えない暗闇に染まっていた。 そして片方の紅玉。そちらは相変わらずの血色に輝き、ひっそりと六の文字が嬉しそうに歪んでいた。

「まあ、大体にして僕は君に許されたいと思ったことは一度もないわけですがね?」

ふふ、と艶やかなやわらかな笑みが白い面にふわりと甘く薫る。 雲雀の憎悪にビクともしない微笑。醜い。雲雀はひどくおぞましいものを見るように眉を跳ね上げた。 ひどく臭い。心底の嫌悪で表情を歪めきつく唇を噛み締めた。 殺したい殺したい殺して噛み砕いて殺して殺して、悉く殺し尽くす…!! ギンと瞳の闇の色を深め瞳孔開かせゆらりと雲雀は構えた。
許されないのだ此の醜男は。
殺し尽くされなければ為らないのだ此の腐れた男は。


「くはははははは!!!いいですよ、いいですねえ雲雀恭弥!!! 僕を殺してしまうがいい!!そうだ、そうそう、…殺せるものならばですがね!!!」




































『……おれ、いつだって間違ってるかもしれない。骸をほうっておけなかったんだ』


やさしい言葉は嘘を吐く言い訳みたいだと思った。

(……綱吉、君が後悔しないならいいと思ったけれどでも僕は後悔しているんだよ?君を、僕は…、)





(続)











2007/11/10(初出:2007/10/10)