※『CQ』サンプル


ふわっとちいさな紅葉みたいな手が浮き上がって、ぺたっと家康の滑らかな頬に触れた。そのままじっと止まる。不思議な光景だ。しかもそれは無機物に触れるような遠慮のない触り方だ。まるでコレは本当に生き物なのかな?とでもいうような無邪気な残酷さがしとしと滴ったかなしい光景なのかもしれない。子供が嘘がないからいけないな。家康は常々思った。子供は無言のままじっと首をかしげていた。
「綱吉」
白い瞼がすらっと冷たく開き家康の薄く澄んだ瞳が目の前のものを改めて認識して、みるみる不機嫌そうに細められていくのにその子供ときたらまったく頓着せずにきょとんとまるまった目で家康をじいっと見つめたままで何の反応もない。
ただただふわふわと跳ねた髪が開け放たれた窓からの風によって揺れ動き、その度に毛先がキラキラと甘ったるい色をのせて滲んだ。子供は動じない。変わらない。その目玉はビー玉みたいにまるく輝いているけれど決して強張ってはおらず、ふにゃりと水のように柔らかにあるままだ。…そうか、と家康は思う。水分豊富な瞳は光をよく吸い込むのか、と。まるで内側から光を放っているようにきらきらと子供の目は甘い輝きに満ちていた。
綱吉は家康の孫だ。家康とまるで違う色彩をもった、光を吸い込む色をもって生まれた。家康の金の髪も金の瞳も光を反射するばかりなのにどうしてこれが自分の孫だなんて綱吉はなんでここに居るのか、家康にはよくわからない。
嵐の真ん中にいるみたいな静けさがそれを考えるときに家康の心には宿る。何処にも帰れない気持ちにも似ている。


* * *

還暦を過ぎたというのに一体どんなミラクルか黒魔術か遺伝なのか…遺伝?なのか、未だに家康はすこぶる水を弾く勢いのぴちぴちとした若さと美貌を維持しながらボンゴレ学園という有名私立高校の理事長を務めていた。
ボンゴレ学園といえば様々な黒々しかったり白々しく明るかったり真赤だったり爽やかな噂がまったくない胡散臭い自由気ままな破天荒な校風で有名なのだが、昨今になって未だ衰え知らずの家康が名乗りをあげてきたので一部の噂が底辺においやられたりと押され気味である。沢田家康。ただでさえ金髪金眼の煌びやかな容色で目立つのに、実はその花の匂いをさせる甘やかな凛々しい美貌が還暦の放つものだと知ったらそれはもう………、大変だ。
大変だ。
常軌を逸した煌びやかな摩訶不思議な人でなしはしまっておくべきだと周囲で囁かれたがしかし実行に移せないので。
…一応、そういうことを周囲では早い内に気付いていたりしたのでまあまあ家康の化け物じみた若さは都市伝説みたいなところでとまってるような感じではある。四十代と偽ってもいるし、影武者は何年も前から立てていたり…最近では家康の方からも外に出る際はお面をかぶることにしてみたり…。大変今更だが。そしてその案もどうかと思うが理事長を退任させることをことごとく失敗してる面々にはもうどうしようもない。お好きなようにだ。
ちなみにそのお面チョイスは日によって違うのでそれがまた名物となっていたという…。沢田家康。なにをやっても目立つ存在である。
 
 
「でさ、じーちゃん。これはないんじゃない…?」
綱吉はすでに日課となった理事長室でのお昼休憩で、執務机の上にコロンと転がるものを見て…ああ今日はこれ被るのかあと、見るからにコレカラかぶられます!的にあった裏返ったお面を見つけてちょっとした好奇心のつもりでそわそわとぺらっと持ち上げたのだ。
そしたら。見た瞬間後悔がふわっと軽やかに切ない芳香をさせて溢れてきて…もうなんだか微妙な眉尻の下がった笑顔が零れていた。
ないな。
家康的にはあるのが悲しい。
ド●ンちゃんだ。綱吉は好きだった。最近アン●ンマンシリーズを童心にかえった( 常にだろとつっこんでも無駄なのでそこは綱吉は生温く神秘的な笑顔でスルーすることにした)といって最近やたらめったら夕食のときは決まって見ているから…まあ、やるかなと思ったらやりおったみたいな。
「だってツナは好きじゃん!」
バタン!と扉が開く音がしたと思えば続き間から家康がひょっこり同意を求めるような悪意ない笑顔でねぇーといいながら現れた。孫大好き!と顔いっぱいに極太文字できゅきゅっと書いたみたいなデレデレのとろんとろんな笑顔の家康。どうやら今日の会議にでも使う資料をちょっと取りに行っていたのかその手にファイルが何冊か掴まれていた。あ、仕事ちゃんとしてるんだ。綱吉はすごく意外に思った。此処に来る度に最近の家康は寝てばかりだった。
「会議出るんだね。意外だ…」
「まあな〜、そろそろ出ないと血管切れちゃう人多くてさあじーちゃん超困ってるんだよもーめんどいね!」
「…うん、俺はその血管切れそうな人に大変同情するよ」
…よくよく家康の腕の中を見たらそれは会議で使うファイルが一冊ちょろっとあるだけで他はアルバムだった。会議は出てもやる気まったくねえなってのが丸わかり過ぎる…。せめて隠して!と思ったが家康はそんな弱気なことはしないだろう絶対。だから綱吉の顔は自然と真剣に憐れんだ薄暗い色を雄弁にぺたっとのった。



* * *

目の前で揺れる瑞々しい肌の未熟な白さに思わず家康はむしゃぶりつきたくなった。けれどそこをぐっと我慢して、歯を少しくらいたててみたいがそれもきっぱりと我慢して…、ああ我ながらすごい我慢だとそう自嘲した。
(やばいなあ、)
はあ…、と悩ましげに吐息が零れてついっとそれを掬うように自分の人差し指の腹を家康は舐めた。目の色が愉悦に歪み、腹の奥からは絶えずドクドクと劣情が重苦しいほど辛辣に溢れてきて濡れた熱が体を腐らせるみたいにやってくる。じわじわと甘い痺れが体中をぐるりぐるり巡らせる。駄目になっていく感じが堪らない。困る。くっと短い吐息を零してその心地良さによって滲む恍惚に耐えた。
ああ…。
ひくりと喉が嚥下した。綱吉の肌が綺麗でしっとりとして、これはふにゃふにゃと柔らかいだけかと思えばその水蜜桃のような肌は清らかにまるく弾けるようで薄い皮膚の下で赤い血潮がなみなみと流れているからガツリと歯をたててその甘さを堪能したいと思うのだ。それを想像するだけでもう胸がドンドンと煩く弾むのだからこれはなんて鮮烈な欲望だ。
(こんな気持ちは思春期にもなかったんだがなあ…)
家康はくすりと熱い吐息を零しながら笑い口元をすうっと秘密を囁くようにナイフのように閃かせた。













以上サンプルでした!