※『君だけが知る』サンプル


無様だね。彼の言葉を真似てみたが、あまり冷たく響くこともなく、かえって不恰好な形でぽとりと惨めに落ちたのだった。それでも良いと思う。所詮は真似事なのだから、其れが自分の言葉のように響くことの方が余程恐ろしい出来事のように映るだろう。マシだよ。真似事だからこその威力を今は期待しているだけなのだ、彼の言葉は矢張り彼が使うべきなのだし。

「……すごい嫌味だね其れ」
「ええ」

言葉だけをなぞれば彼の台詞は間違いなく不機嫌なものなのだろう。しかし彼はクスクスと面白そうに紡いだりして、ふっと、柔らかな吐息をものせながら、やさしいひとのように振舞った。

「貴方は嫌味とは捉えていないようですけどね」

常からの立場は明らかに逆転している。冷たい言葉は慣れないと綱吉はすでに弱気だったが、けれどもそんな心と裏腹に外見は氷のようになっていた。冷たい眼差しでいられた。憐れむ眼差しを軽蔑の色に塗り潰すことさえ出来ている。
不思議な想い。あわくはない。
綱吉は雲雀が好きだ。今この瞬間でさえ好きだと切ない、…けれども非情な姿で立てるのだ。憎めるのだ、此のひとを心底から。あいしながら。

「そうだね…。君の為に死ねるなら、それもいいなと思ったからかな」

雲雀は綱吉を庇ったのだ。だから、無様なんかじゃないんだ、雲雀は子供のように屈託無く無邪気に微笑った。誇るように。だがその瞬間、カッと綱吉の目の前を真っ赤な火花が苛烈に散り、血とか熱とかが一気にドカンと頭のてっぺんまで突き抜けていた。怒りだ。ぶるぶると躯が震える程の真っ赤な怒りだった。思わずガンッと拳を振り落としていた、それも銃撃を受けた怪我人の雲雀に向かってだ。

「大ッ嫌いだ! あんたなんか!」

なんだよこのひと!キライだ、大っきらいだ!そう思えば思う程、あんなにまで冷たかった表皮が老いた魚の鱗のように次々剥がれ落ち、融けて、涙となってはらはらと散っていく。痛いの?雲雀は何処までも人形のようだ。口の端を血が、ツッ、と滑り落ちてもまるで頓着しない、綱吉に殴られたことさえ知らぬ顔で、綱吉の利き腕の方へそっと傷んだ右手を寄越そうとしてくる。それを目の端に捉えてとっさにサッと綱吉は自らの手を庇った。触れるな。そう咬みつく目で見てもまるで堪えない目はまるく、きょとんと、本当に不思議そうだ。

「君、あまりひとを殴らないじゃないか。痛むんじゃない?」
「あんたが心配するようなことじゃない!」
「僕が心配しないで誰が?」
「あんたはあんたの心配をしてよ!」
「僕は綱吉の方がいい」
「俺はいやだ!」
「なんで?」

雲雀の声はあくまで柔らかで甘い夢の中の出来事のようにしっとりとやさしかった。ひどい我侭を言ってる気分になる。ひどいのは彼の方なのに。傷だらけ。莫迦だ。如何して?何でこうも無力なのだろう、何が彼に作用出来るのだろう。命ひとつやれないのに。

「ひ、雲雀さんなんか大嫌いだ!」













以上サンプルでした!