Wilder than blue heaven
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目の前に、ぽっとんと落とされている片方だけの靴。多分、おんなもの。革靴とか、ローファーとかいうものだろうなあと 綱吉は後ろ頭をカリカリ掻きながら思う。きょろりと当りを見回してもだあれもいない…。妙だ、妙だよなあ…? 現在綱吉は一般校舎にきていた。例のあの爽やかだったんだけどー?でもー?何だか凝視してくるからこわかったんだよねえー… な少年のいた地点からまっすぐに走ってきて、まっすぐに一般生徒用玄関のある校舎、まあ、普通校舎の方にきてしまったわけだ。 ここの校舎は『エ』というよりも『コ』の字型だ。割りと遠くまできちゃったかなあーと目の前の窓ガラスを覗き込んで 見れば渡り廊下だ。そしてその向こうの向こうはなんだか体育館っぽい?体育館の手前が職員室?ええっと、それの反対側のお向いさん 的位置に…、なんかカーテンかかってる部屋。保健室?校長室?…まあ、どっちでもいいけど。 とりあえず綱吉は、全力疾走の疲れを癒すように、とさっとその場に腰を下ろした。そして目の前におんなものの靴…。 なんだかひどく使い古されたような姿ではあるが、ちゃんと日々磨いてるんだなーみたいなお行儀よさの漂う逸品である。 とても生真面目なお嬢様か大事だいじと愛されてる娘さんが履いてそうかな?くりっと首を傾げながら綱吉はそう 予想をたててみた。でも、そういう女生徒さんがなぜ片方だけこーんな、広葉樹の根元にぽつーんと片方だけ 落としておられるのか?はて?…………………。

「まさかさー、木登りして落としてたりしてるなんてねー…」

うっわあ!ありえねーー!!とかぷくくと笑いながら、ふっと上向けば。ば。ばばば……??

「……………………」
「い、い、いいいいいいいたーーー!!!!」

いたのだ。ところどころが陽光によってきらきらとした緑の中に。広葉樹なだけに葉は広くざわざわと重なり合っていて、 彼女の腰を下ろしたところは温かな日陰、ぽつぽつと少しだけ陽光が刺す。 だれだ。彼女はまるで黒猫のような闇のような夜のような存在感で そこにじっと冷たく腰を下ろしそして静かに、濃く、深く…、じっと綱吉を鋭い眼差しで見下ろした。 真っ黒なセーラー服。ここの生徒じゃあない。けれども余所者を見つめる目で叩きつけるような眼光が綱吉を 容赦なく貫いてくる。 けれども綱吉のなかで浮かぶ彼女のイメージといったらただただ綺麗な子だなあというのが先だったり……、美人が怒ると夜叉のように なるっていうんだよなぁーなんてことだったりしたのだ。綱吉はこう見えてもこういう強面?といったものに うんざりするほどに慣れている。慣れすぎている…!!そして強面ナンバー1だ!!文句ナシだ!!なひとは大変 綱吉に優しい人間であるのだ…。いや、あの人は誰にだって優しい生真面目な人なんだ!!でも決してそれを解ってもらえずに たびたび背中にどっさり哀愁を帯びて立ち尽くす姿は本当に涙を誘う。 ま、それはいいとして。

「誰だ…、君は」

凛とした涼やかな声が零れ落ちた。…だれだ、そういった彼女は次の瞬間に綱吉の手にもった上着に眦を吊り上げ、 くわっと牙を剥いた…!!思わず綱吉はゾゾッとただならぬ身の危険を感じた、それほどに彼女から険しいオーラが ドッと迸ったのだ。かみころす。唇がギラリと愉悦のようにも憎憎しげに弧をえがいた…。ゆらりと立ち昇る獰猛さは狂気のよう。彼女は消えた。

「ちょ、ちょっと…!!?」

じり、と後退するとドン!とザリザリした壁に背中はぶつかった。本当に黒猫…、いや獰猛な黒豹のような 身のこなしでスタッと地に降り立った彼女は炎を身に纏った鬼神の如き猛々しさ。 まっすぐな、ギラギラと鋭い眼光にはたんまりと殺気というものが塗りこまれている。毒々しい。禍々しい…。 ひとを圧する華があるからこそに威力は何倍にも増してこれは、最早女の顔じゃない。 男でもこんな表情なんてする奴はそうそう居ないだろう…!!と、ゆうか、こ、こえぇ…ッ!!ヒヤッと本当に 胃の腑から凍える思いだ。綱吉はガタガタ震えながら、…ええっと!おれ!?なんかしたっけぇえええーー!!?と 必死に彼女に働いた不徳なことを思い巡らしえっさえっさと記憶の渦を必死に掘り起こす!

「って!!!さっき逢ったばっかで何かるわけねえだろうがあーーー!!!本当に俺なんかしちゃったんなら 謝りますから命だけは、…と、とゆうか無事に帰してくださいよおおおーーー!!!」

逆切れくっさー。ちょっとだけ冷静な部分がツッコミをした。おのれで。ばかみたいだ。きっとちゃぶ台あったら 投げてるね!とかなんとか考えつくくらいなんか余裕だった。…いや、これは現実逃避の部分かもしれない。 綱吉は涙目になりつつ彼女をキッとまっすぐに見返した。このひとは誇り高そうだから、きっと、目を逸らしたら いけない気がする。きっと、…多分?そんな気弱さは彼女のカンにますます触るだろうから…、あ、でも…、 これも生意気だねとかとられてしまったらどうしようなあ…!とか思いつつも綱吉はカタカタ震えながらも まっすぐに地獄の獄卒どもだって瞬時に黙らすような形相の彼女を見返した。魂をザリザリ削られてる気がする。背中はびっしりと冷や汗だらけだし。 しかもこんな間抜け面が強気に見返してはいかんだろーとかまたハッと思うが、まあ、……おとこのこなんだもんさーと 何か諦めた。もう…、ボコるならボコってくださいって心境になってきたりした…。

(なんで俺はこんな負け犬根性なんだろうなあ…)

ボソリと脳裏でそんな呟きがもれる。ひらりと答えが骸の声で振ってきた。(え)君はただの面倒くさがりですよ。 ……そうかあ?でもどっちにしろ其れが本当であっても嘘であっても諦めるのがはやいってことは確かなんだから、 負け犬根性は正解だと思う。うん。うれしくないなあと溜息はきたいが、綱吉は別にそのことに対して マイナスの感情など持ち合わせていない。ただ、負け犬根性認めてしまう自分ってどうよ!?とか思ってである。 それは懐が深いことなのかもしれないと誰かがボソリと呟いたのをふと綱吉は思い出す、 また別のひとが何だかシンとした(冷たいわけじゃなかったけれどもでも不思議と奇妙な)横顔できっとプライドの在り処が他とは 違った別の高いところにあるからじゃないかとかも言っていたことも、何故か。わけがわかりませんよ。ったく。 現在の綱吉の状態は獲物だ。綺麗な少女の。負け犬で、もう殴ってくれとか震えながら思っているのだから。 殴られれば終わる…。

「……ええと、ごめんなさい」

あやまる。彼女はキッと更に眦を吊り上げたが、でもそれは何処か戸惑うようにも見えた。何故だろう。 綱吉があんまりに無防備だからか。…ああ、涙ひっこんでたや。心臓はまだバクバクしてるけど、ね。 綱吉は落ち着いてきていた。殴られればいいのだ。それだけのこと。いたいことなのに、そんなの嫌なことなのになと 思いながらじっと彼女を見つめた。

「……あやまるような事を君はしてきたのかい?」

ふっと前髪の毛先を凪いだ風のような気配が通り過ぎた。へ、と思ったらずずいっと眼の前に黒く煌く切れ長の瞳が 寄せられていた。実は睫毛がとても長い、バサリと扇のようだ。やわらかそうな真っ白な肌。灯る影。漆黒の艶。 そっと眉間にやわらかな皺がよせられている、彼女は不機嫌そうな不思議そうな表情すべてを目の中に込めてじっと 綱吉の顔を覗き込んでいた。かみころすのもいい。そっとちいさく呟いたが、どうして、とも紡いだ。 君は此処に何しにきたのか答えなよ。ぐいっと冷たいものが綱吉の顎を下方から押してきた。

「し、…していません、…よね??」
「質問に質問を返すな」

確かに!ピシャリといわれてしまった。でも自分は黒曜中の生徒で!勝手にはいってきちゃってるし! よろよろと視線をさまよわせながら綱吉はうんうんと考え込んでしまう。 しているーといえばしていて、してないっちゃあしてない!微妙。微妙なんです。

「あ。……ええと、実はひとを…」
「ひと?」

グリ、グリ、と押してくるものだからあまり上手く喋れない…、が、まあ多分こんな強烈な目にじっと近くで 見つめられたらどっちにしろ同じことだしなあと綱吉は諦めつつ、 ……そうそうディーノ先生を迎えにきてんだろ俺!とか自分を奮い立たせる。わるいことは、し、してないよ! 綱吉は眼の前の少女にへらりとわらった。思わずのことだった、瞬間にピシリとしまった!と固まった、…が、 彼女の表情に別段の変化などはなく、わずかに顔がぐっと近くなるだけであった。…ゾクリとした。彼女の瞳の色が まるで子供のような色に染まっている。オモチャを見つけたような…。

「そうか…、君がサワダツナヨシか。骸と同じ学校にいるとは…、面白いじゃあないか」
「は?」

くつくつと笑う顔がうっすらと真っ白に、いいや蝋のような生温かい白さだ、気持ち悪いくらいに無機質な色の、 つるりと滑らかな色の、……なんとも奇妙な色に表情が染まっていく。 彼女は怒っているわけじゃない、不満をぶちまけているわけじゃない、それでも負の感情がぷんと匂う瞳をする。 不機嫌、愉快、不愉快、攻撃的ないろ、…なのか。綱吉にはわからない。骸のことを知っている。 綱吉の名前を知っていた。綱吉は彼女のことなど欠片だって知らないのに。うなじから頭のてっぺんまでをずるりと 蟲か何かが這い上がるような嫌な感触がしてくる。いやだ。彼女じゃない、彼女の背後からのものが嫌だ。
ゆるさないとおもった…。(なんで?)

ゆるさない。


「おいおい、恭弥!こんなところでって…ツナ!」

ジャリ、と踏みしめる音と共に呑気な声が耳に届いたと同時に綱吉はハッとした。記憶がころりと抜けている感覚。眼の前の彼女の顔。 先ほどまでの険しさがすっと別の不機嫌な険しさに塗り替えられていた。おれは…。眉間のあたりがぐらぐらとして 何かが凝り固まっているような感触がする、指先で揉み解した後に綱吉はふるりと頭を振った。頭痛みたいなそれは徐々に小さくなっていって くれるのは有難く、向いた先の眼の前のあっけらかんとしたディーノを見て…、また別の頭痛が起きそうになった。いてえ…。 右肩がチリチリとこげている錯覚までしてきたからそりゃもう!ダダッと逃げ出してしまいたいったらありゃしないよ! カチャリ…、と。彼女はギラギラとした闘争本能剥きだしにトンファー構えていらっしゃいますから!!

「……六道、骸」

ゴォッ!と火柱があがった!!うっわあー!!綱吉はギギギ、と、彼女がいる反対側の左側を油のきれた機械のような動きで 首をまわした。

骸が、ディーノの、背後に、いた。

にこにこと綱吉くんとかいった。手をふりながら。つなよしくん。
いつも呼び捨てなのにね!ツナヨシクン!こいつ何気に機嫌が悪い…。いや、悪いだろうとかなんて決まってる。 空が青いなあなんて思わず綱吉は現実逃避するように遠い眼差しでにへらとわらう。だってディーノ先生ほっとけなかったしーとか 言って通じないだろう。骸は理不尽だ。並盛がきらいなのかなこいつ…。というか!!この右にいらっしゃるこの女王様をどうにかしてください!! 恭弥と呼ばれたセーラー服の美少女は殺意がさっきからドンドン、ドンドン!物凄いくらいに大量生産大増量中である。 自分に向けられたものではないが、しかし少しでも動いたらこっちにとばっちりが来そうで無関心では全くいられない。 なんだこれ!隣にいたくないのに、いなければならないとは…。

「やあやあ、久しぶりですねえ雲雀恭弥!この前のアレからどれくらい振りでしょうねえ?」
「さあね?それにしても君もまた懲りずに僕の領土に勝手に踏み入るじゃあないか」
「今回は必要にせまられて」
「許されることじゃあないね。いや、いつだってお前は許されない」

ゆるされない。そこの部分がやけに力強く一語一語に圧力があったことに綱吉は内心首を傾げた。 別におかしいことではない。憎悪剥きだしの言葉にそんな言い回しがあってもいいと思うのだ、けれども…。 キン、と何かに触れた気がした。骸はニコリと微笑んでいる。……でもあの笑顔は何かを押し殺した顔でもある。 確かに骸の気に障ったということで……。綱吉はどうしたもんかなあと盛大に溜息吐きたくって仕方なくなってきた。











 アトガキ
クリスマスあたりから『どうしたもんか…』と放っておいてました…。(『そしてまあいいか』とアップと…)←爆
ふへ!
2007/3/25