普通は有り得ないだろうと思う事は割と多くあるものだと、その瑞々しい小さな体とはひどくアンバランスな色の 達観した眼差しでもって少年は目の前の男を眺めた。ソファに寝そべるようにして書類を眺めて ふわっとあくびをした、見るからにだらしない大人を。









「めんどくさい…」

それが口癖。ぽっかりと、子供のように。大事な商談の時でさえ呟いたのだからまったく呆れ果てる。 いつだって ぼさぼさの髪で猫背でその上両手をポケットにいれているものだから何だかイロイロともうもっさいし、 その上歩く姿なんかは何でか左右によたよたしているわ時折ふらふらしていているわで 末期のどんくささが滲んできていて泥酔の亡者かチョウチョをおっかけた無邪気な三歳児にも等しい。駄目だ。 駄目人間だ…!普通に駄目だろうそれはと誰だって頭を抱えてしまうのにこの男(当事者)だけは 何故だか気付かずにカハハと笑う、なんだこのトンデモ鈍さ。

(これがマフィアのボスだから世界はおわってるんですよ…)

ねむそうに目をこすり手にして3分の書類の束すべてをパッと放り投げた、…ああこれは本格的に寝に入るなあと気付いた少年は彼の為にそっと毛布をとりにいった。確か、執務机の一番下の引き出しにあった筈。……枕と一緒に。

(なんで枕もここにいれてるんだ…?)

枕はもちろん寝室で使うものだ。ここを出て寝室にいくときは必ずここから持ち出していき、朝(もしくは昼)にここに きた時に置いていく。謎だ。ちなみに机の引き出しの 一番上にはネクタイ。二番目にお菓子。三番目はほぼ空。時々時計やお菓子の紙とか鳥の餌。 そして四番目に枕と毛布と拳銃とポルノ雑誌と普通の雑誌と水鉄砲と金槌としゃもじとスリッパと飴の缶だ。…カオスだ。 金槌が意味がわからない!しゃもじもなんであるんだ!…いたい。頭がいたい。だが、そんなことは気にしていられないので 少年は毛布だけぐいっとひっぱって出すと素早く閉じた。さっと彼の元へと向かう。

(おわってる…)

しまらない笑顔で毛布を受け取った彼。だらしない。
…でも。 少年は彼のきちんとした姿を知っていた。頬をぬるりと滑ったものを拭う姿。

(おわってるんですよ世界は)


ロクデナシ。
そう呼ばれたこともあるよと彼はにこやかに微笑んだ。
相変わらずのよれよれのシャツを着て、真っ白な光の中で午睡にまどろみながらそっと、傍らで自分の顔を覗き込んでいた少年の頭を撫でながら平然と。つかれたねえとのんびり言うのと同じ口調で血のシミって花みたいだねと呟いた。
実はそんな人間だ彼は。めんどうくさいと言いながら何処か真摯な気持ちでひとを殺した。
ひとの死をたくさん見たよとアルバムを広げた子供のような顔でいう。
泣かしたこともあるよと悪戯の見つかった子供のようにすまなそうに告白した。
そして誰もが彼を決して見捨てないミステリー。
ひとを殺したこともある、泣かしたこともある、罵倒されたこともあった、…それでも愛された彼。 とても奇妙でデタラメな生き物で、もしかしたら間違って人間に生まれたんじゃあないかと思わされる存在。 今日もめんどうくさいだの疲れただのと気に入りのソファに寝転がる彼はぼんやりとした目で少年を見上げた。


「へえー。じゃあ俺ってなにさまなのよ?んん?…あー。お前にとっちゃあ神様みたいなもんか俺は」

だらだらとソファにねそべって彼はにまりと口をえらそうっぽく子供みたいに柔らかくひきのばして笑い、 そしてばっかじゃねえのかと口悪くいいきった。ばかみてー。またそんなこといってゴロリと体を横にころがして 少年に背を向けた。年よりも細い背中がさらされる。 その中をばさばさと琥珀色の髪が広がっていて、それを見るたびにもったいないと言葉を繰り返してしまう。 櫛で梳けばいいのに、いつもそう思わされる勿体ない本当にもったいない。磨けば光る容姿なのに。


「かみさま、だよ」
「悪でいいんだ俺は」
「じゃあ、火の神様」
「わけわからんぞ小僧」

ばかだろうお前と。くっと喉奥で嘲るように笑いながら青年ははっきりといいきった。
けれども、それなのに。 その言葉の中にひっそりと水のような優しさが潜んでいるから、だからあたたかくも呆れた音色として 彼の声は少年の耳には響いた。

「あなたが好きってことですよ」
「俺は子供は好きじゃないよ」
「じゃあすぐに大きくなりますね」
「死なないように気をつけなね」


そして彼は会話はもう仕舞いだというようにぐうと寝入った。彼は知っているから。不毛な会話だろう。 すきなのは本当であり這い上がる衝動はいつだって本気だった。好きだと思う、その瞬間の背面の事情。
愛している。
あいしているのだ…。

激しく間違いようもなく。





(あなたを殺すまで死ぬわけがないのに)


さらさらとそよ風にゆれた髪に触れたくなる欲を抑えながら少年は祈るように苦笑した。
ぐつぐつと、たぎるその音がいつだって聞こえてくる。今日も空はこんなにも青く幸せそうなのに。












(終)











 アトガキ
しゃもじは私の机の中にありました。(まて)7月8日に某所にぽろっと置いてあったものを加筆修正。 2007/10/14