「そんなことはやめなさい」


ぴったりと胸にくっつけている耳をやんわりと引き剥がすように頭を掴まれ持ち上げられた。
きょとんとした目がぼんやりとした琥珀の半目とかち合い、その瞬間何かがバチッと弾けた感触がした。 少年はビリッと頭の奥に電流が流れたのを感じ思わず目をぎゅっと閉じ両手で頭を抱えその痛みに耐えた。 くしゃっと頭蓋がひしゃげるような錯覚がする、余波なのか、まだジンジンとした痛みが長く尾をひき 目尻には涙がうっすらと浮かんできた。口はへの字で堅く閉じて固まっている。 それを青年は未だぼんやりとした目で見つめ、…そっと、思い出したかのように少年の頭から手を放して 緩慢な動きでソファから身を起こしてあくびをひとつ。ふあ、と大口を開けてのんびりとはなった。 寝たりなかった。…彼の場合はいつだって寝たりてないようなものだが、今は特に寝たい気分だった。 まだうとうとしている頭で彼はいつだって子猫のように23時間くらい寝たいと思う。 いや、子猫はそんなに寝ないだろうとツッコミが聞こえそうだが、彼の中で 23時間くらい寝ていてもいい動物はそれしか思いつかなかったのだから仕方がない。

「…ッ、」

ようやく痛みの余韻もひいた少年がそろりと目を開ける…。 そこにはいつもののんびりと呑気な青年の姿で、肩をコキコキ鳴らし、首をぐるりとまわして、 んーと両手を天に伸ばして思いっきり伸びをしている。 体の覚醒を促している、いつもの寝起きの時の彼だ。

「…なにか、しましたか?」
「なにも、されておりませんが?」
「………………」

にこりと笑って、少年の頭をなでなでと撫でる彼は絶対に何かをしたのだろう。
なにもしてない、そう言った口がぺろりと。

「音を消しただけ」

なにか悪いことしたっけ?みたいな顔で首をかしげながら呟くものだから、少年はひくりと頬を引きつらせた。 目を瞠った、歪な笑顔だろう。そしてぶわっと耳に熱が集中してきた。 いいじゃないか!そんな言葉が口から飛び出しそうだったが、それを何とか耐えて喉を動かして飲み下す。 …ほんとうに、いいじゃないか! なんでなんでそんなことをしちゃあいけないのか、放っておけばいいのに…! 少年は唇を噛み締め耳を真っ赤に染めて俯き、うぐうぐと時折唸りながら脳内で散々に彼への文句を垂れ流し叫んだ。 いいじゃないか…!
一方。青年はニコニコというか…、にまにまと少年の真っ赤なぐるぐるとした顔を意地悪そうに眺めては 今にも腹を抱えて噴き出しそうだった。 限界が近いのか、目元や口許がひくひくと波打っている。パシッと顔を叩いて覆って、何とか堪えている。 …ああ、肩が背中が震えだしてきていて。

「あはははははははは!!!おっまえ!俺のこと好き過ぎだなあぁーー!!」
「なっ!!?」

破裂した。
ひたすら、ひたすらに…ッ!彼は爆笑を続けて手足をばたつかせた。 その傍らでは少年が呆然とした顔で真っ赤にそまった顔で青年をひたすら叩いていた。 だまれ、だまれ…!拙い声が必死に彼の笑いをおさめようと四苦八苦している。 それがまた可愛くて青年の心をくすぐっているのだと気付かないのだろう。
しまいには青年はガバッと少年を腕の中に囲ってしまった。ぎゃあ!と叫ぶものだから力一杯に抱き締めてやった。

「か、かわいい…!しかも楽しい!!」
「僕は面白くありませんし、こんな酔っ払いみたいなことはやめろーーー!!」
「えーーーー?」
「えー?じゃない!!」


ひぃひぃと息も絶え絶えに笑う青年と真っ赤な顔で怒鳴る少年。
元気いっぱいなのはどちらかといえば少年なのだろう。数分後には笑い疲れた青年がソファにぺったりと懐いていた。
頭にはたんこぶひとつ。殴られたか。
そして解放された少年がソファの下で膝を抱えて座るという決着がついたのだった。

「……で」
「ん?」

ぷくっと頬を膨らませたような声が響き、それに青年は目を瞑りながら答える。
このまま少年の問いかけようとすることにとぼけてしまおうかなんて事もちらりと頭を掠めたが、 けれども青年はうっすらと目を開けて少年を視界に入れた。拗ねた頭が映る。 それにそっと手を伸ばして絹のような手触りの髪を一房指先でつまんだ。それをくるっと人差し指に絡ませて遊ぶ。

「……だってさ、ひとは希望を目にして耳にするから」
「……?」
「望むことを叶えるんだ」
「…そう、ですね…?」

めずらしいことを言うものだ。口にする言葉は大抵ネガティブだったり不真面目だったりする彼にしては 稀な言葉を吐いている。希望だなんて。叶えるとか。別にここは戦場でもないというのに。
少年は青年に弄ばれている髪を彼の指先からはらりと解いて、ぱちくりとした目で後ろを振り返り見上げた。
何処か満足気な、ゆったりとした微笑みで見下ろしている彼の目とかち合う。 その目の中では憐れむような色が前面に押し出されていて…、彼の口許が寂しげに開かれた。


「心臓の音なんか聞かない方がいいよ。いつか、きっと、後悔するんだから」


ゆるりと微笑むと彼はゆっくりと両目を閉じていく。目の中にはサッと青ざめた聡い少年の顔があった。 そうして少年が何事か紡ぐ前に、すっとゆるやかに瞼を持ち上げた彼の右手が先程彼の胸に張り付いていた耳を覆った。
ドクンと少年の鼓動が跳ね上がる。なめらかな色で赤く琥珀は輝いた。



「確かめる時、きっと聞こえない筈の音が君の耳には聞こえてしまう」



(終)











 アトガキ
7月9日に某所にぽいっと投げておいたものをちょっとだけ加筆修正! これもまたエロ葉への七万打記念に押し付けブツなので、エロ葉だけが持ち帰り可なりよ。
2007/10/28