涙だけが雄弁にきみを想った




はえるよ。ナルトは難なくいった。静かにあっけらかんとひとつの迷いもなく、次にはラーメンが食いたいと ぬかすものだから、思わずサスケはガッと腕を振り上げていた。 病室のカーテンが溢れ出す凄まじい激情の波に圧されてバサバサと舞う。
はえるものか…ッ!!
ひたりと見上げるナルトの瞳は子供のようだ。まるで理解しない青。 首を傾げはしなかったが、けれども不思議そうな、真摯に満ちた、 サスケの行動が心底わからないといっている。わからないのはこっちの方だ。ぐっと握りこぶしをつくって ブルブルと震えながら必死に振り落とすのを懸命に耐えるサスケこそが本当は常識の住人なのだ。 それなのにナルトの方こそが世界の常識のように空気はシンと静まり返っている。異常だ、この世界は。 世界は暗闇に包まれている筈だというのに、……ああ、静か過ぎる。穏やか過ぎて。

「……嘘だ、おまえ」
「うそじゃねえってば」
「だってお前…ッ!」
「ほんとう」

シィ、と人差し指を唇の前にたてて笑うナルト。ほんとうだってば。ほんとうほんとう。ニコニコとわらって、 その人差し指でちょんとサスケの額に触れた。絶望にふれた。するりと零れた涙。サスケはくしゃりと顔を 歪めて嘆いた。それも哀しいことだ。哀しいことだ。ひたすらに、とてもだよ。 とても苦しいことなんだナルト。

「えと、ごめん…、ってば?」
「うるせえ」
「…うん、ごめ」
「あやまるな!」

ガン!と振り上げた拳をナルトの横になっているベッドの端に振り下ろした。ナルトは目をまるくして引き攣った。 でもすぐにわらった。にがく、あたたかく。それが振り落としたと同時に膝から崩れ落ちてナルトのベッドに縋るような 形のサスケの中をズシリと重くし、どうしようもない焦燥にジリジリと焦がされていく。消毒液の匂いがツンと 鼻の奥に響く。まっしろな部屋のなか、青空がみえる窓辺で、陽の中ですがすがしく微笑う隻腕のナルト。逆光だ。 その青い瞳がみずみずしく光る。やさしく、サスケを見下ろしている。…どうすればいい、この感情を。 ガンガンと目頭が熱く痛み頭の中が膿むようだ。 お前はわらう、迷いなく。どうすればいい、こんな思いを。世界は一体…。 清潔な色の空の中を白い鳥がすいっと飛んでいく。ナルト。ナルト、ナルト、ナルト…。 おまえはわらう。平気だという。ひたすら。サスケにも平気に為れとかいう残酷さを どう飲み下せばいいというのか。なんて世界だ。わらうな。やさしいなんていうな。 お前はいつだって狡い。ながく頑丈だ。強固だ。 いいたい言葉もかけたい情けも全てがばっさりと塞がれてしまう。……ナルト、おまえ。

「ばけもので、ごめんな…?」

そっと、丁寧に。サスケの濡れた頬を生き残った左手でもってナルトはよわよわしく撫でた。
サスケに逃げ道はない。疾うの昔から。


無力だ。








2007/04/07