涙だけが雄弁にきみを想った(夜)
「はえるわけないじゃない」 くるくると器用に素早く包帯を巻いていくサクラは、まったくもってうんざりとした溜息を吐きながらピシャリと そういい放った。時刻はもう深夜近い。さらさら舞うカーテンの向こうから覗く満月の光だけがサクラの手元を 照らし、そしてナルトの横顔をぼんやりと笑みの形に染めた。…はえないからね。重ねて、強くそういってやると 更にナルトの笑みは深まるのだ。さみしげに困ったように。 「はえない」 きっぱり。サクラはこれ以上の常識はないとばかりに強く徹底的に断言してやる。はえない。本当のことだ。 はえたりなんかしない。そんなわけない。 腕は切られたら一生そのままで、枝かなにかのように新たににゅっと伸びたりはえたりなんか 絶対にしない。はえないのよ…。きゅっと結び目をすこしきつめにつくって包帯の巻き作業はこれで終り。 「正確にいうと、『くっつく』だから」 「…あ」 「バカ」 ああ、そっかぁ…。妙に間延びした声で感心しながらナルトはようやく求めた『答え』をストンと胸の中に おさめたようだ。そして、そろそろと右腕を眺めはじめる。ほんのりと土色のそれはきっと明日にはまっしろな色に そまり命を吹き返すだろう。まだ指先に神経は通わない。骨もまだガチリとあわせただけ。本当にくっつけただけで…、 でも、ナルトの腕だから。サクラが一生懸命泥の中だって駆けずり回ってようやく、ようやく 飽きて捨てられた壊れかけの玩具のようにぽいっと転がされたそれをやっとの思いで見つけたきたのだ。 もう、これ程に安堵したことなんてと、息を切らせて泥まみれで腕に縋って泣きじゃくった自分を思い出しながら、 サクラはそっと静かに、ゆっくりと眼差しを満月へと向けた。この手はもうからっぽ。やることはもうやった。あとは。 「……はえるだなんて、そんな莫迦なこといって誰が信じるのよ。サスケくんだってさすがに泣いたでしょう?」 そう、そうだ…、だからくっついてくれなくては困る。ナルトの腕。 世界にたった二本しかない腕、そのひとつは失われそうだった、でもやっと。それはくっつけた。サクラは目を閉じる。 だからどうか。 「あいつは優しいんだってば」 「あんたと比べたら誰だって優しいわよ」 はえたりなんかしないから。くっついて、どうか。 ナルトの腕はいつだって誰かを守る為にある、とても温かくて優しい力に満ちているのだから。 「……本当に、平気でひどいコトいうんだから参るわねアンタには」 「だって…」 だからどうかどうか。 どうか…。 (呪いに満ちた力でもいいじゃない、なんて…。きっとひどいことをいっている。) 「見つけてきてあげるわよ。あんたの腕じゃなくっても、きっと若い男の腕なら何だってくっつくから」 満月は妖しに力を与える。 その迷信じみた言葉がサクラの中でぐるりとさっきから脳内を巡っている。ナルトの横顔と青い瞳の透明さが すべてを知っているといって、すべてを許しているといっている。瑞々しい瞳。月光の中で一層 したたかに輝いていた。禍々しさなど一切なく。 サクラが今縋っている言葉を許す横顔になきそうな気持ちが罪悪感を呼び起こす。でも、それでも。 そうか、だから、それならばどうかどうかと。サクラは目を開き、月光から目をそらしてじっと見据えた。 ナルトはうつむき目を閉じた。 「例えそれがサスケくんのでもくっつけるのよ?」 「…………………ひでえってば」 「あんたのがひどい」 すいっとくっつけただけの右腕の先を持ち上げて、サクラはおもむろにその手の小指に自らの小指を巻きつけた。 冷たい感触。明日には(きっと)あたたかくなるのだろうけれど、でも何となくやはりイヤだなあと思いながら、そのまま 小指は巻きつけたまま、ゆっくりと、ゆらゆらと揺らした。 ゆらゆらと、サクラの決心もゆらいでいく。 「………あんたの腕は、はえたってサスケくんにいってあげるわ」 化け物なんかじゃないの。 そう言ったところでもう手遅れ。サクラは感謝している。 ナルトがこの苦味にサクラの暗い眼差しにどれだけの力で耐えているかなんて知らない振りで。 (化け物、で、……いいわ。) |