かなわない願いをした。 (おれはなにもしらなかったんだ、なんてそんなこといわないよ?) 暗闇の中でも重厚な深い音色のように真っ黒な兄の外套の内側に鼻からまっさきに突っ込むようにして潜り込んで、おれはぐすぐすと鼻を鳴らしていた。かなしくて、かなしくて…そして俺の頭や背や震えた肩を撫でる大きな手はあたたかくて。俺はそれに満たされていた、でも、……涙はやまなかった。ぎゅっと瞼に力を込めて泣いて縋っていた。拳のようにまるくなった手はカタカタいいながら必死に兄の服をつかんだ。どうして。どうして、どうして…。俺は兄が一等大好きだ。兄がすべてから恐れらていることも知っていた。俺にもすごくこわいときだってある。俺の扱いに迷いをもつことも。殺そうとしたことも。 「おれは、にいちゃんが好きだよ…」 この言葉が悪い言葉だと知っていても俺はやめなかったしも兄もとめなかった。俺だけじゃなく、俺たちが悪かった。 なにもしらなかったわけじゃない。 しらないふりを赦されたのだ…。残酷な甘い関係だ。……でも、すき。すきだよ。すき。雪の中放り出されたふたりぼっちだ。すき。すき…。すきだよ。俺はないてないて、あまえた。必死に縋ってまちがえることをした。 「にいちゃん、…おれを、おれひとりおいていかないでよ!」 瞬間、俺の目の前はザザッと真っ白く染まった。まんまるに見開かれた目の中に飛び込んだのは冷たい炎。 脳裏でパンと弾ける音がした。……俺の瞳は泣いていた。新たに泣いていた。 しらないなんていわない、またそう思う。絶対に口に出さないと誓う。 ハッ、ハッ、と息は忙しなく荒く口から吐き出され胸の奥に巨大なつかえを感じた。 「死ね。てめえなんざ産まれてこなけりゃあよかったんだよ…」 すき。 すきだよ…。 すきだ。 すき。 すき。 すき。 …かなわない。俺の願いはかなってはならない。 |