ひらり…、と黄金のはなびらが細い光りをたなびかせてさああっと散った幻想が深い森の中を舞い踊った。


ディーノはハッと後方を振り返り身構える。ザッ、ザッ、と軍隊のように乱れない行進が近付いてきていたのがわかる、…そうか、ギリリと歯を食い縛り目の前を見据えた。ドッ、ドッ、ドッと心臓の音が地揺れのように身体中に響く。…くる、くる、くるのだろう。
『彼』が、くる。
ザンッ!!と頭上の枝葉が揺れた。
「ッ、……綱吉か?」
さらりと僅かな衣擦れの音、漆黒の外套を纏う少年が地に伏せるよう膝をついていた。垂れた頭。それがゆっくりと顎をそらし上を向きディーノを見て僅かに微笑んだ。
「……手助けに」
清い雫のような声がちいさな口からぽつりと闇の中へと零され、すいっと水中から起き上がるように伸び上がる肢体。 その両手には炎が、まるで夜の静寂に満ちた泉の中を泳ぐ魚の長く優美な尾のように美しい炎がひらひらと揺らめいていたのだ。
(きれーな炎だ…)
ふっと。それを見てディーノの焦りに満ちた表情がやわらぎ余裕が戻る、手の甲でぐいっと顎の下に伝った汗をぬぐい、ふーっと安堵の息を漏らした。…相変わらずお前は、そういう軽口が漏れそうになるが黙っておく。そこまで緩むのはよくはないし、少年の笑顔も一瞬のことだったわけで。…ああ、森がざわめいてる。ぐるりと頭をめぐらせた。嵐の予感を感じさせる緊迫した空気が最早肌を突き刺す程にあたりに満遍なく満ちている…。ゴクリと喉が緊張で鳴った。ドロドロした冷たい黒い森にいる、背筋が凍るシチュエーションだが、目の前では美しい炎が燃えているのだからディーノはかけらも恐ろしいとは思えないのだ。蛍みたいだ。ディーノは少年をじっと見つめた。彼はすっと無言で俯むき深呼吸。すーと吸ったかと思えばキロリと目線が動いた。
「下がって」
目の前で轟音がガウンガウンと鳴り響く。 次いで起こった爆風にバサバサと黒い外套が忙しなく翻り少年の身体の輪郭を露わにした。たとえようもなく細い。ちいさく…、背丈だったディーノの半分もないかもしれない。だがしかし彼がどんな逆境だろうと到底折れないものだと知っていた。土煙を浴びながらディーノは大声を張り上げ少年の名前を呼んだ。霞んだ視界の中で彼はわずかに頷いた。ゆらりと持ち上げた琥珀色の両目がまっすぐ前を射抜く。ゴウッと金色の炎を燃え盛らせてニヤリとわらい目の前の一切を腕の一振りでじゅっと燃やし尽くした…。
「はは…、」
『儚い幻のように美しい、けれども氷雪のように鋭く毅然。』非情のドン・ボンゴレの弟君。殺戮部隊歴代最年少ボス。『炎帝』。彼の異称は実につきない。ディーノは彼と出会ってから彼に巻き込まれっぱなしな気もした。……思わず笑えてくる。普段のギャップから考えられない頼もしさにいつもぐいぐい引き込まれてしまうのだから。
「部下は…?」
「はぐれたよ!」
「ならば貴方だけを守りましょうか」
容易い。そういっているようにディーノには聞こえた。ザッと地面をする音。少年は前へと踏み出した。彼は独りで行動はしない、必ず部下を付き従わせているのだからならばこの目の前にいる『独り』は何の意味があるのかといえば、それは単純なことで、…くくっと笑った。
「お前の部下がもう絞めているわけか」
「…………」
応えはない。ディーノは軽く肩を竦めて見せた。少年は無言のまま炎を子供の手遊びのようにひゅんと空に投げた。パン!と散る雫。それがひゅんひゅんと闇の中へと向かってツバメのように素早く疾走していく。暗闇の中に吸い込まれるようだ、それらの行く末ではまた爆音が響き渡り天をカッと照らす。そして細い少年の躯を吹き飛ばすような爆風が大きな顎をあけてやってきたがそれを少年は真っ直ぐ鋭い目で見据え立ち尽くし受け流した。バサバサと黒い外套が翼のように広がり両手の炎が細くきらめきさあっとたなびく。前髪が後方に飛ぶ、白い額がひらかれその瑞々しい瞳がすべて曝された。大きな琥珀の瞳は赤く金色に輝く。…本当に幼い顔立ちだ。薄い皮膚に覆われた小造りの鼻。無言を貫くちいさな唇。ちいさな顎。細い首筋。…なにもかもが細くはかなくて小さい。肩もうすっぺらでそれと同等に躯も勿論。けれども鋼のように決して折れないことをディーノはよく知っている。毅然と立ち向かう。少年はすいっと両手を目の前に持ち上げ炎を天に捧げるようにして…。

「ドン・ボンゴレの命令だ。全て殲滅。其れが全てだ。さあさあ全部全部殺して帰ろう」

ガン!!と額の前で両の拳をたたき合わせた。猛然と暴れ出す炎の煌きは一層の艶めきを増しまた質量も何倍にも増大した。ぶわっと肥大した炎は暴れ馬のように少年の体から溢れ出しじゅるりと舌なめずりする獣のように獰猛さに溢れ思わずディーノは後退りしてしまった。クスリとわらう、花のような少年には炎は従順だが。まるで誇らしげに彼を讃える歌を歌っているかのように嬉しそうに甘えるように纏いついている。破滅を破滅を貴方に栄誉を。……少年もまるで聞こえているように微笑み頷く。ごうごうと燃え盛る炎が戦慄に悶えてボンと騒ぎ出す。ざわりざわり。空気が密度を増す。重苦しく歓喜に溢れて道をあける。
「…いってきますね。キャッバローネはここで待機を」
ざあああっと森が震えている。ザクリと踏む草の根が刹那でじゅっと黒く焼けた。『炎帝』。彼は暗闇の帳さえ 金色に染めてすべてを焼き尽くすのだと、その細い躯に畏敬の念を込めてディーノは喉の奥で低く唸った。









2008/04/13 (改稿:05/03)