ベルの暇な一日は綱吉がいない日だ。
ぼんやりと窓辺で頬杖つきながらベルは空を眺めた。薄氷のような青が広がる空は幾ら見ていても心を浮き立たせる面白いものなどひとつも浮かばない。退屈だ…。ふわっと欠伸をしながら、ああ、ただ目にいいのかもしれないとベルはなんとなく思った。鮮明さの欠いた色に刺激などない。
「あらあらベルちゃーん、お母さん待ち?」
「なんだそれオカマ」
「ツナよ」
なんだそれ。ベルは再び思ったがムスリと黙っておいた。頬杖を突きなおし下唇を突き出す。おかあさんとはなんだ。ツナはツナで男だ。 ……その綱吉は現在ボンゴレ本家へと所用の為に出向き、出かけにベルの頭を撫でて大人しく!と厳重に言いつけていった。 ああ、ツナも俺を子供扱いしてるやあとベルはそこでハタと気付いたが、だが綱吉のものならば許容の範囲だった、ストンと無意識に落ち着く。
そして範囲外はこれだ。
普段は自分こそがヴァリアーのお母さんだーとぬかすくせに時折ベルにだけこうした軽口をたたくルッスーリアにだけは正直ムッとするのだ。ごそりと内ポケットの中を探り、取り出したナイフをひゅんと指先で弄ぶ。ひゅんひゅん、ひゅんひゅん…。速度が増す。ぼんやりと虚ろとした思考回路がじわっと微かな刺激に揺れる。綱吉の不在の今こそこのナイフでざっくりやってもバレないような気がずるずるしてきた。やべえ。
(怒られんのになあ…)
はやく帰ってこないかなあ…、ぼんやりぼんやり、意識を薄めていく。あの空のように。殺意を奥の方にひそめさせ眠りにつかせる。ルッスーリアが背後で溜息を吐いた。呆れたものか安堵のようなものか。ベルは気にしなかった。
「かわいいわね、ベル」
せつない響きにも似た色。気にしない。足音はなくガチャリとドアが閉められた音が響いた。ふわっとカーテンが空から舞い込んだ風に揺れてベルの長い前髪もゆれた。綱吉。ツナ。ツナって呼んでといった笑顔。差し伸べた手を掴んだ自分。
(………別に、いいよ。俺はツナの秘密知ってるし、それでいいよ。俺は多分ツナの味方でいいんだ)
あの悲しみは理解出来なかったがしかし其れが綱吉を綺麗にするならばと、ベルは在りし日を反芻して目を閉じた。
綺麗にするならば。
大切にしたいと思ったあの感情。
「ツナがいいならそれでいいよ。俺はお前以外を切り刻むだけさ」



『血も肉も誰とも繋がらない独りぼっちの誰かを守るひとよ、はやく帰ってきて。』




2008/04/13