喉が渇いて、堪らない。 がぶがぶと口から水を飲み込んでもまだ足りない。酒を飲んでも満たされない。 自分の体の全てが乾いてしまっている。 たっぷりの水の中に飛び込んで、口から、鼻から、目から、肌から、髪から、手から、足からすべてを潤いに満たさないと足りない。 飲ませて、濡らして、身体の中も外もズブズブに濡れてしまうまで。 誰でもいいから。喉の渇きを、身体の渇きを満たしてさえくれるなら、誰でも構わない……―――――。 「ッ……アアッ、ンッ!!」 「……はあ」 組み敷いた白い身体からぐったりと力が抜け、今の今まで自身を柔らかくキツク締め付けていた箇所からも力が抜ける。 同じように萎えた自身を引き抜く。 ネトリとした白濁が女のだらしなく拡げられた股間から糸を引いた。 精液と愛液が交じり合っているその箇所は、納豆をしっかり混ぜた後の糸に似ていて。 (……明日の朝食は、納豆を外させよう) 気絶した女の身体を放り出し、綱吉は照明のボタンの脇にある小さなスイッチを押した。 部屋のドアから、黒服に身を包んだ男が数人入ってくる。くい、とベッドに寝転がる女を顎で指し示すと彼らは女を担ぎ上げ、部屋から出て行った。夜が明けないうちに女はこの屋敷から連れ出されるはずだ。 体内に残る、疼くような熱は欲求不満の証。 ……おそらく女はボンゴレのボスに抱かれる事で何かしらを得ようとしていたのだろうが、一回で気絶するようでは望みを聞く暇もない。 ひさしぶりに誘いに乗ってみたらこれだ。と綱吉は自分の気まぐれを悔いた。 中途半端に潤されたカラダは、渇きを増すばかり。 しっとりと身体を包んでいた汗が蒸発して、また、カラダが乾き始めた。 ……水を、ください。 体全体が、潤うような水を。 雑食の東洋人。 そう、陰で呼ばれていることには当に気が付いている。餌食になった男女問わず、自分を満足させられなかった人間が言う言葉だ。 『雑食の東洋人』である自分なんかにさえ、一回きりで切られるのには自分に何かしら問題があったと気が付いて良い様なものだと思うのに、何故だか自信過剰な彼らはとても謙虚で再度呼び出そうとするときには綱吉の前から消えている。 それが自分に絶対的忠誠を誓う側近たちの仕業である事は、わかっている。 自分が特に何も言わなくても、マフィアの首領と言う立場を守る為に動いてくれるのは彼らの良い所だ。だから自分も彼らの為に出来ることをしようと思う。イタリアンマフィアの老舗ボンゴレファミリーのドン、沢田綱吉……としては、だ。 が、ことセックスの相手となると自分の見解はくるりと変わる。 綱吉が夜の相手……たまに昼の相手、ともなるが……に求めるのは技量と容姿。 その2点が揃っていれば十分。ボンゴレの為になろうがなろまいが、男だろうが女だろうが構わない。 反対に言えば、その2点を満たしさえすれば誰でも抱く。 今回の女もそんな中の一人。黒髪に惹かれた。さらさらとした、手触りのよさそうな髪だった……その気になったのは、それだけの理由だった。 退屈なセックスに疲れてベッドに沈み込んでいると、自分を呼ぶ少年の声が聞こえた。 苛々とした口調からして、すぐにでも起きたほうがいいような雰囲気だが……綱吉は狸寝入りを続けた。 彼もベッドに上がってくるのを、待った。 「ツナ」 「……」 「起きてるんだろう?」 「……起きてる」 「終わったなら連絡しろ」 「……今は、プライベートな時間じゃないの?」 「甘えるな。……話が終わるまでは抱かないからな」 「ちぇ……」 どうやら、彼はベッドに上がる気はないらしい。自分の魂胆も見透かされているようなので諦めた方がよさそうだ。 今は11歳の少年となった、かつての家庭教師の少年が促すままに身体を起こし彼の話を聞く。どこかの国の警察機関がボンゴレの領域を荒らしたとか、他のファミリーの動向だとか、昼日中のオフィスでは話せない内容だ。 「……とまあ、今日のところめぼしい話は以上だな」 「俺が判断するような話はなさそうだね」 「ああ。隼人に処理するように指示しておけばいいだろう」 「なら話は終わり。俺は寝るよ」 「……ちょっと待て、もう一つ」 「……」 「六道の尻尾を捕まえたらしいぞ」 「え……?」 リボーンは、淡々と起きた事実を述べた。 綱吉がずっとずっと探していた人の消息が見つかったと。 表の世界からも、裏の世界からもいっそ見事なほどに痕跡を残さずに消えた彼が。六道骸が見つかったと。 綱吉の心の中、誰にも入り込めない場所にある過去の記憶が蘇り一人の少年の姿を形作る。 泉の影が、見えた。 「……骸、さん」 もう何年も口にしていなかった名前を口にする。もう一度、声には出さず骸さん、と口の中で呼んだ。 まるで昨日のことを思い出すようにするすると、思い出されていく。 すさまじく残酷な、時に酷く優しい光をも宿す緋と碧のオッドアイ。さらさらとした髪を後ろで無造作に括り上げた黒い髪。スルスルと指の中を流れていくのが気持ちよくて、よく彼の髪を撫でてはわざと纏め髪を解いた。 鬼畜で、残酷で。自分以外の人間はオモチャだとしか思っていない、とても無邪気なひとだった。 今はボンゴレファミリーに欠かせない存在となった雲雀恭弥までをもねじ伏せた事のある彼。 六道 骸。 ……彼と出会ったのは、森の中。 ……彼と別れたのは、月の光に照らされた中学校の教室。 月の明るい夜だった。 『綱吉君』 酷い渇きと共にその人の声が耳に蘇る。低いアルトの声が。心地よく鼓膜を刺激したあの声が。 忘れようとしても忘れられない、初めて人と身体を繋げた夜の記憶。初めての情事に息を上げていた自分と向かい合わせに座り込んだ彼は、ずっと……最初から別れるまで、笑っていた。 体内から溢れ出し、床に水滴を作る自分の精液を気にも留めず、太ももに白い筋を幾つも走らせた卑猥な姿でクフフ、と笑った彼の顔。 無我夢中で付けさせられた鎖骨や乳首の周りに散らばる無数の赤い跡。 最後に、極上の笑みと共に放たれた言葉。 ……あの時中学生だった彼は自分の言った言葉の重みを知っていたのだろうか。 骸はきっと知っていて、その言葉が時間を置いて意味を持つだろうと確信して言ったのだろう。あれほどに残酷な彼の事だから。 手にした獲物を手酷く痛めつけるのが大好きな彼だから。 『また会いましょうね』 ……そう言い残してオッドアイの脱獄囚は綱吉の前から姿を消した。 リボーンが六道骸に関する報告を綱吉に伝えてから数ヵ月後。 今は綱吉の忠実な部下となったランチアの調べで骸がスイス郊外の病院に入院していることがわかった。 「……ここか」 綱吉は一人の護衛も連れず、その病院の駐車場に車を停めた。 車から降りて見上げれば清潔な白、とは言いがたい古ぼけたコンクリートの外観。 それでも敷地面積は広く、病棟の前に造られた花壇に囲まれた中庭には数人の患者たちがたむろしていた。 マフィアのボスらしくなく、カジュアルな服装の綱吉を気に留める人間は誰もいない。 駐車場から病棟に向かう道で擦れ違った花壇の手入れをする老人も、誰かの車椅子を押す看護士もドン・ボンゴレを知っているようには見えない。 院内も花壇と同じように古いが隅々まで手入れされていた。 綱吉は手帳を開き、教えられていた病室に真っ直ぐ向かった。ランチアの報告では骸は個室で長期療養中らしい。何の病気なのかは、知らされていない。 (……406号室) スライド式のドアに手をかけた。 ……このドアを開ければ10年間探し続けた人物がいる。間違いない情報だとランチアが言っていた。自分の目で確認したから間違いない……と。 遠いあの日、すぐに会えると思っていた人だった。 教室から家に帰って一眠りし、電話をしたら携帯電話から『電源が入っていないか、電波の届かないところに……』のメッセージが聞こえた。 それからだった。 誰に聞いても彼の消息を知らず、彼の側にいた人間も姿を消していた。 誰にも何も残さず、自分にだけ言葉を残して消えた人。 初めに何故、と疑問が湧いた。何故、姿を消す必要があるのかと。彼を追う人間がいるのかと思い至り、一度はそれに納得した。 だが。 ……脱獄した彼には常に追う人間がいたはずだ。 追われながら自分に手を伸ばしてきた彼が何故、姿を消す必要があるのかと考え直した。 だったら何故消えた? 理由は考えつかなくても、その時点で彼が消えてから数年が経っていた。ドン・ボンゴレとしてイタリアに渡り日々に追われる様にもなった。 気が付けば、渇いていた。 どうしたら潤うのか、何が自分に欠けているのか、最初からわかっていた。だからこそ彼を探すよう、密かにリボーンに頼み込んだ。 堂々とファミリーを動員して探すほどボンゴレにとって彼は有益な人間ではない。 確実にファミリーに加わると言うのならまだ価値はあっただろうが自分を手に入れようと思う人間が従うとは思えなかった。 自分の私情でしかないことにファミリーを巻き込むわけにはいかない。 ファミリーの幹部にも漏らさないように進めた捜索がはかどるはずもなく、こうして見つけるまでに多くの時間を費やした。 やっと、見つけた。 カラリ…… ゆっくりとドアを横にスライドさせる。 狭い病室に置かれた白いベッド。 その上に、上半身を起こした骸が座ってボンヤリと外を眺めていた。 背が伸びた。髪が短くなっていた。 ……瞳は、変わっていなかった。碧と緋の、オッドアイが光を反射して揺らめいている。 「……おや、綱吉君」 こちらに気がついて、あのころと同じように名前を呼ばれる。 「骸さん、探しましたよ」 口から出た声は驚くほど落ち着いていた。 心の中も、凪いでいた。あれほどに渇いて砂漠のようになっていた心の中に雨が降り注いでジワリと潤いが染みていく。 体の中から湧きあがる熱いものが堪えきれずに目から伝い落ちて骸の座るベッドのシーツに染み込んだ。 「……骸さん」 目の前にある細くなった身体を抱き締めて、唇を彼のものに重ねた。 かさかさに渇いていた綱吉の唇を骸の舌がペロリと舐め、そのあとに空気に触れて冷やりとした感触が唇に残る。 潤された。そう、強く感じた。 渇ききった少年は探し求めた泉に飛び込んだ。 ……もう、渇く事は、ない。 (終) ※ CAUTION ! ! XX 『また会いましょうね』のトコロにオマケ話がリンクされております。 XX 2005/11/23 |